2009年10月2日金曜日

桜桃

私は議論して
勝ったためしが無い
必ず負けるのである
相手の確信の強さ
自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである
そうして私は沈黙する
しかし
だんだん考えてみると
相手の身勝手さに気がつき
ただこっちばかりが悪いのではないのが
確信せられて来るのだが
いちど言い負けたくせに
またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし
それに私には言い争いは
殴り合いと同じくらいに
いつまでも不快な憎しみとして残るので
怒りにふるえながらも
笑い
沈黙し
それから
いろいろさまざま考え
ついヤケ酒という事になるのである

太宰治『桜桃』より

まったくもって
同じ心境
表に表現できないことが
どうしてこんなに
うまく内面を表現できるのか
『ヴィヨンの妻』の映画化により
再び太宰を読み始めた
35年以上も前に読み漁った
生活苦も知らない高校生が
何に感銘したのだろう

今 太宰と同じ年になり
また読み始めると
もっとすごくよくわかる
そして笑える
おそらく10代の頃は
笑えなかったことが
今は笑えてる気がする

そしてわかった
太宰を読みすぎたから
もっともっとと
それ以上の作家を
追ってしまうのかも

いつも有難う御座います