2008年8月25日月曜日

富士山の空


すごい!


天が開いてる。

同窓会

いい人に会いました。



いい人たちに会いました。



神社に行ったときのように、清々しい気持ちになれました。



どこかに行かなくても、その人のそばにいるだけで清々しい気持ちになれるなんて、今まで気がつかなかった。



そんな人になりたい。



また会いたい。

2008年8月7日木曜日

どうして幸せなんだろう?

いやあなことがありました。
大きなチャンスを断りました。
少し泣きました。
少ししか涙は出ませんでした。
なぜだか、心晴れ晴れ。
私は私を守りました。
今は、私らしくあることに満足してます。
お金や仕事がほしいことと、自分を支配されることはいつも繋がるのかなあ。
ちがうような気がするなあ。
お金がほしいわけじゃない。
お金をもらうために隷属しなければならない?
ちがうよね。
愛されてないことに悲しいだけ。
私は愛することはできる。
それでいい。
そうやって子供たちを育ててきた。
愛以外はいらない。
自分の品性を守れたことに満足している。
NO,と言えた勇気を出させてくれたのは、観音様?
私を守る誰か。
ありがとうございます。
今、私は私。
だから、しあわせ。
不思議だ。
昨日まではしあわせじゃなかったのに、こんなことでしあわせ気分になれるなんて。
私であることが、私のしあわせだったんだね。
生かしていただいてありがとう御座います。

2008年7月5日土曜日

スタイルを良くするために、ESR.

今日、セミナ-でスタイルを良くするタッチフォ-ヘルスをしました。

なんだかんだ言っても、美容は女性の重要な関心事。

結局、どうなりたいかは、きれいになりたいんじゃないかなあ。

42筋調整で、身体の歪みは直せることはわかった。

後は、筋肉の位置と、脂肪の位置を変えればいい。

なんだか近づいてきました。

そこで、ESR.

何からしていこうかなあ。

明日から楽しみだなあ。

2008年7月4日金曜日

仕事する前、ESR.

仕事する前に、ESRすること。

ええっ-、これって、強制されること?

ESRしたら、その日の仕事が整理される。

ESRしたら、その日の仕事が効率よくやれる。

それって、今まで効率悪いってことですかあ?

ESRがうらめしい。

いっぺんにやりたくなくなった。

人は強制されると、やりたくなくなるものなのよねえ。

人は、じゃない。私は。

こんな簡単なこといつでもできらあ-い。

って、やらないのよね。

いつでもできることは余計に。

だから、今日もしませんでした。

って、する時間がありませんでした。

忙しかったです。

たくさん仕事しました。

今は夜10時過ぎてます。

ああ、この後ろめたさはなんでしょう。

おやすみなさ-い。

2008年6月26日木曜日

したい、はできない?ESR

こうなりたい、こうしたい、は、こうできない、といってることだという。

したい、といってるうちは、何もしてないことだという。

いや、こうしたいんだけど。

ほら、また「したい」という。「だけど」という。

叱る人がいるのは、ありがたい。

しかし、話が進まない。

今、してないことを話すのに、こうしたい、はだめなの?

言い切りなさい。

なるほど。

こうします、か。

そう。

そして、ESR.


今できてないけれども、こうしたい、ああしたい、はだめなのよ。

こうします、ああします。

どうします?

さて、どうしよう。

なんだかやっと進んだ気がする。

そうなんだ。

具体的にどう行動するかを今まで考えてなかったんだ。

こうします、こうします、どうします?

こうします、こうします、こうします。

う~ん。

学びます、勉強します、動きます。

動けない、未熟だ。

チャンスがなかったんじゃないんだ。

自信がないんだ。

じゃあどうすれば?

失敗する為に経験させて頂く時間をもつこと。

えらそうにしてはいけない。

具体的には?

う~ん。

私が、見本です。

これだ!

私がきれいにならなければいけない。

背筋伸ばして、クロスクロ-ル。

リズムに合わせて、クロスクロ-ル。

毒素排泄、クロスクロ-ル。

そして、ESR。

2008年6月16日月曜日

タッチフォ-ヘルスのセミナ-で、ESR。

タッチフォ-ヘルスのセミナ-に出ました。
一番初めのプログラムで、過去のトラウマに対して、ESRをするセッションでした。
せっかくのセミナ-だから、この機会を利用しようと思いました。
誰にもしゃべったことのない対人関係の過去の出来事に焦点を合わせました。
対人関係でトラぶったわけではないのです。
私は、トラブルが嫌いだから傷を受け入れたまま、後ずさりしてさようならするのです、いつも。
だから、そのラストは解決しないまま、トラウマとなってずっと残る。
その相手とまたうまくやっていかないといけない状況になってしまいました。
もちろん過去のその場面など、相手は覚えてもいないでしょう。
しかし、顔を見るたび、私はその場面がくりかえし蘇ってくるのです。
それでも平然としていなくてはいけません、大人ですから。
このことを今回ESRのテ-マとしてみました。

私は、クライアントです。
筋反射をとってもらいます。
「そのことを思って下さい。」
私の腕の筋肉は、弱くなりました。
これでこのセッションにふさわしいテ-マだとわかりました。
ESRをしてもらいます。
後ろから私の前頭葉突起に軽く触れてもらいます。
私は意識を集中しました。
いつもは場面が一瞬蘇る程度ですが、このときはこの為の時間です。
その過去の場面の前後をゆっくりたっぷり思い出しました。
そこへ行く前、出会ってからの会話を順に思い出しました。
今までいやな思い出だからか、思い出したくないけど、自然にフラッシュバックしていただけだと思っていましたが、集中すると関係ない会話までも次々思い出して、驚きました。
私の中には、しっかりすべて残っていたんだ、と。
そのこと自体もすごい発見で感激しました。
たっぷり蘇った頃、
「どんな感じですか?」
とセラピスト側の方から声掛けがありました。
あっ、脈が同調してきたのかしら、とプロセスがわかっているので、思いましたが、まだ思い出しただけで楽にはなっていません。
おかしいな、この時点ではまだじゃないかしらん、と返事をしませんでした。
ずっと集中していると、思い出すことがなくなってくると、だんだん場面が変わってきました。
時間が進んでいくのです。
そのとき抑え込んだ気持ちに胸を苦しめながら、そのあと必死に孤独に耐えてがんばったこと。
何年もそれが続き、今に至るまで走馬灯のように私の半生が見えていきました。
人は死ぬ直前に、自分の一生を走馬灯のように映画をみるように見えるといいます。
まるで、そんな感じでした。
そして、すとんと楽になりました。
傷ついたかに思われた私の痛みこそが、私を生きさせてくれたことを知りました。
私はつらい思いをし続けたのではなかったのです。
こうなるために必要なものを与えられたのです。
ESRをする前は、私を傷つけたのはその相手である人だと思っていました。
だから、その人との関係にトラウマがあると思っていました。
ESRの終わりには、その人はまったく私には関係がなくなっていました。
私は、私の人生のために必要な経験をしたにすぎなかったとわかったのです。
その人に対して、いやな思いや憎しみがなくなればいいと思っていました。
そのために許す努力が必要なのだと、勝手に想像していました。
そのプロセスは、まったく必要がなかったのです。
これは驚きです。
恐るべしESR。